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二〇〇七年度 年間大賞 から
稲泉幸子
【題詠】(候補作品三十六首)
一席の歌
風の音で目覚める
何年も
風のなかで
生きてきたような
気がする 酒井映子
「風のなかで生きてきたような」のフレーズに惹かれます。
風はふつう意識されないもの。風が意識されるときには
驚き、寒さや暖かさ、不安、ゆらぎ、よるべなさ・・・
そんな思いに誘われます。
「何年も」の言葉にこめられた、歳月に裏うちされて、「風
のなかで生きてきたような」の表現が豊かな味わいを
広げていきます。
風に托し自分を見つめる、その見つめる距離のセンスの
よさが光ます。
高みに達した秀歌との幸せな出会いでした。
同点一席の歌
まだ遊ぶから
お空を閉めないで
と
泥んこ二人
駆け込んでくる
扉
「お空を閉めないで」???このまま素敵なポエム。
作者の心のなかに、深く刻みこまれた言葉だったのでしょうね。
「暗くなるから、もうお家に入りなさい」いつも聞こえてくる母親
の声。
お空を暗くするのはきっと、お母さんと思いこむ子供ごころの
いじらしさ。
信頼でつながった、母と子の姿が浮んできます。
あたたかい絵本を読み聞かされているような歌です。
二席の歌
続けるって
時どき
靴ひもを
きゅっと
結びなおす感じ 関口有美
何かを続けるには緊張が伴います。また緩んでもきます。
ある人は「ここで一休み」、
ある人は「さあ、もう一度気合を入れて」
人はいろいろな行動をとりながら、「続ける」工夫をして
いきます。
作者は、後者のタイプなのでしょうか。
「靴ひもをきゅうっと」の比喩の絶妙なこと。
切り取りかたのあざやかさ、お見事な歌です。
三席の歌
ガラス越し
ビルの谷間を
覗きこむ
音の無い下界が
信号に裁かれている 小田明子
あたりまえと言えばそれまでですが、都会がすばらしい
立体景観を持っていることを、改めて知らされました。
都会といえば、大勢の人が行き交い、さまざまな
騒音にとりかこまれた、混沌とした風景を浮べます。
ところが、高いビルは、いとも簡単に地上二十米の高さに
人を持ちあげる。風景は一変し、人も車も自動信号で
動かされ、秩序整前としている無音の世界。
新鮮な都会発見の歌。視点の新鮮さを感じました。
麹町倶楽部 二〇〇八年一月
二〇〇七年度 年間大賞 から
清 也
【自由詠】(候補作品五十首)
特別年間大賞 松本輝夫
何を話すでもなく
視界の隅に
妻がいて
ただそれだけの
普段着の幸
■まさに輝ける夫
普段の日常かもしれないが平凡ではない。
いつでも何でも話ができる最高のおもてなしが
受けられる環境がそこにはある。
ただそれだけ、普段着、と重ねることにより
逆にそれが非凡であることは作者にもわかっている。
妻の視界の隅にも夫がいる幸が伝わる。
まさに‥‥
【自由詠】
一席 渡辺加代子
寒いね寒いねと
雀たち
まん丸なまま
ちょっとだけ
飛んでみる
■これはママの目
寒雀の冬毛が暖かな豹柄のファーに見える。
冬毛のせいだけでなく食べ物も豊富なのだろう。
親雀かもしれないが、子供の愛らしさが感じられる。
秀逸なのは3行目。
まんまるなまま、と「ま」が過半数を占める。
あふれる「ま」の音の力は、やさしく見つめる愛情の表れ。
これは‥‥
同一席 ま のすけ
しあわせは
いつもその辺
伸ばす手の
ほんの少し
届かぬあたり
■今回は一席に届いたしあわせ
届かぬ柿は渋柿と思いあきらめる人もいるが、
作者はあきらめない。追い求め、手を伸ばしている
ことがしあわせかもしれない。
その辺、あたり、も届くかもしれないという
可能性のゆらぎがある。
今回は‥‥
二席 今井幸男
鍋ごと新聞紙に
包まれた
雑炊が炬燵の中に *雑炊=おじや
母は、もう
野良に出ている
■見事な内包と外延
特別ごちそうでもない雑炊が鍋で囲まれ、
それを新聞紙が包み込み、更に炬燵がくるんでいる。
鍋、新聞、炬燵、という日常の世界。
すべてが物理的なあたたかさだけでなく、
愛情を包括し増加させている。
ダメ押しで、その愛情の代表でもシンボルでもある
母は野良という外にいる。外の厳しさもあるが、
余計な説明なしの1行で、印象は減少し終わる。
万人の胸に文句なしに訴える。見事な‥‥
三席 町田道子
短く
切られた
あなたの髪を
すりぬけるように
冬はゆく
■巧まぬリズムが微笑を誘う
上の4首と異なり、あきらかな幸せは漂っていない。
一息の歌で勢いはあるが、「切られた」は受身と
考えると積極性もない。
短い、切る、すりぬける、冬、ゆく、とやや
寂しいことばが並ぶが、悲しく落ち込むわけではない。
一言で形容できないのは、この歌に合う状況が
色々浮んでくるから。不思議な魅力を持った歌である。
都々逸を感じるのは、私だけか。巧まぬ‥‥
麹町倶楽部 二〇〇七年一月
二〇〇六年度 年間大賞 から
清 也
自由詠】(候補作品四十五首)
一席 小杉淑子
歩道に
鈍く光る
鍵
何を
閉ざしたままなのか
◆謎めいて気になる魅力
鍵を使うのは大切なものを、さらしたくないから。だからこそ、その鍵も大切なもの。
それが歩道という公の場で、その姿をさらしている。秘したいのに公。
だけれども、ほったらかしで置かれている。
大切でないとわかっているのか。誰も気づかないのか。光っているがそれは鈍い。
鍵では開けることもできるのに、なぜ閉ざしている(と感じる)のか。
「何を」にたどり着く前に、気になる対立対照する感覚が????と並んで空間を埋め尽くす。
二席 松本輝夫
皆と一緒に
芽を出した
コスモスだけど
お前は雑草
ここは野菜畑
◆愛らしさとかわいらしさでうっちゃられる快感
コスモスを主題にした歌は多分いくつもあるだろう。
しかし、コスモスが負け組みに入れられるのは初めてではないか。
いやいや、負け組みという言葉も意味がない。雑草の定義って何だろう。
絶対的なものはないよとニヤリと教えられる。
何事も決めつけられない。絶対に?
同二席 町田道子
町名が
変わってしまった故郷は
どこか
ぶかぶかの服を
着ているようだ
◆肌感覚のここちよさ
身体にフィットしてこそ、よしあしが感じられる。
接しているものとの、コミュニケーションは最高。
余計な説明の寸法直しはいらない。素肌にぴったりくる歌。
【題詠】(候補作品四十三首)
一席 関口有美
このしっぽ
握らせて
なるものか
手入れに余念がない
女狐一匹
◆いさぎよさの人柄と歌
しっぽがあることは隠さずに見せる。だからこそ手入れしている。
しかし握らせる事はない。この小気味よさ。
女狐は作者なり。作者を知っている方は、倍加の味わい。
同一席 今井幸男
ごゆるりとね
春の陽に
ほされて
地下足袋
ねむたそう
◆ゆるゆると人柄と歌
説明はいらない。作者自身の声で歌が聞こえてくる。
地下足袋は作者なり。作者を知っている方は、倍加の味わい。
二席 赤井 登
干支をぐるーっと
一回りして
還暦に
何かの蓋が閉まり
何かの蓋が開く
◆かろやかな歩みと秘めた情熱
一回りすると、スパイラルになっていて、別のステージの新しい振り出しに作者は戻る。
(常に)何かを(しかし)飄々と探し追いかけているように、周りには見える。
新しい「何か」の披露が楽しみ。
同二席 柳瀬丈子
気がつけば
花野にひとり
ここで
月の出を
待とう
◆おおらかさと豊かな空間
自然に引かれ歩んできて一人。
人はいないが、花野はある、大地はある、空はある、月だって当然あるはず。
みんな作者の回りを取り囲んでいる。
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